2025年3月21日

2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」の達成が求められている中、バリューチェーン全体のGHG排出削減を促進できる「カーボンインセット」が注目を集めています。本記事ではこの言葉の定義と物流業界での動向、今後の展望を解説します。

カーボンインセットとは

カーボンインセットとは、企業が自社のバリューチェーン内でGHG排出量を削減する取り組みのことです。バリューチェーンとは、企業が商品やサービスを創造し顧客に提供するまでの、価値を生み出す一連の活動の流れを指します。カーボンインセットの具体例としては、原材料の調達先である土地での森林再生や、環境負荷の低い農法への切り替え、再生可能エネルギーへの転換によるGHG排出量削減などが含まれます。

カーボンオフセットとの違いは、排出量を削減する際の方法です。カーボンオフセットでは、自社の取り組みでは削減しきれないGHG排出量について、他社が創出した炭素クレジットをカーボンマーケット(炭素市場)や排出権取引制度を通じて購入するなどして排出量を相殺します。一方、カーボンインセットでは企業が自社のバリューチェーン内での活動を通じて排出量を削減します。自社の「外」から炭素クレジットを購入して自社の排出を相殺するカーボンオフセットとは異なり、カーボンインセットでは、自社のバリューチェーン(上流・下流の両方)の「中」で排出削減に取り組みます。カーボンインセットにより削減された排出量が、炭素クレジットとして他社に販売されることはありません。

物流業界におけるカーボンインセットの取り組み

取り組み紹介の前に、現在の世界および日本の物流業界における二酸化炭素(CO2)排出量を見ていきたいと思います。国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、全世界のエネルギー燃焼および産業プロセスに起因するCO2排出量を「電力」、「産業」、「輸送」、「建物」の4つの部門に分類した場合、2022年の輸送部門(自家用車・旅客輸送を含む)の排出量は約80億トンに達しました。これは世界全体の排出量の約23%に相当します※1。日本においては、国土交通省によれば2022年度の運輸部門(自家用車・旅客輸送を含む)からのCO2排出量は約2億トンとなっており、日本全体の排出量の18.5%に相当します※2。

こうした状況の中で、2050年までのネットゼロ実現を目指し、物流業界では業務領域ごとにカーボンインセットにつながる様々な取り組みが行われています。

  • 輸送における施策:モーダルシフト、EVトラックの導入、AI活用による最適な配送ルート設計、共同配送システムの導入など
  • 倉庫における施策:省エネ、再生可能エネルギーの利用、LED照明の利用など
  • 梱包に関する施策:梱包材の削減や不使用、リユース可能な梱包材の使用、再生素材で作られた梱包材の使用など

上記の他にも、輸送燃料を再生可能エネルギー由来の燃料に転換する事例は、陸運、海運、空運全てで増加しています。また、海上輸送に欠かせないコンテナターミナルにおいては、荷役機械をディーゼル式からCO2排出量の少ない電動式に切り替える動きが進んでいます。例えば、2023年に開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、デンマークのA.P.モラー・マースクグループ傘下の企業で、世界各地の港湾でコンテナターミナルを展開しているAPM Terminals社と、ドバイを拠点として世界中の港湾や経済特区を運営しているDP World社が、「ゼロエミッションポートアライアンス(ZEPA)」を発表しました。ZEPAでは世界各地の港湾にバッテリー式コンテナ荷役機器の本格導入を加速させることによる、ゼロエミッション化を目指しています。

さらに、近年ではステークホルダー間の連携による取り組みも見られます。国内では、個人の顧客・荷主・運送事業者の三者が協力し合って資金を準備し、通信販売における配送の一部にバイオ燃料を給油したトラックを活用するプロジェクトを実施し、CO2排出量を削減した事例もあります。

なお、物流業界の企業は自社のカーボンインセットに加え、顧客と共に輸送の脱炭素化を進め、顧客自身のカーボンインセットを支援する役割も担っているため、この視点を踏まえて顧客向けサービスを開発、提供する企業も増えています。例えば、再生可能エネルギーを使った低炭素輸送サービスを提供し、CO2排出削減量を示す証書を顧客へ割り当てるといった取り組みが進められています。

カーボンインセットのメリットと障壁

カーボンインセットがもたらす効果

Title: What is insetting?
Credit: This image was developed by the International Platform for Insetting (IPI). The IPI is a business-led organisation which advocates for climate action at the source of global value chains. https://www.insettingplatform.com/

カーボンインセットがもたらす最大のメリットは、バリューチェーン全体のGHG排出量を削減することで、地球温暖化の緩和により一層貢献できる点です。さらに、以下のような効果も期待できます。

  • 環境関連の法規制への対応
  • エネルギー効率向上などによるコスト削減
  • 排出量削減に共に取り組むことによる、関係各社との協力体制の強化
  • 事業活動の拠点(農場や工場など)で環境負荷の低い農業や工場運営を行うことによる、周囲の生態系の回復
  • 気候変動による変化への耐性強化

一方で、GHG排出量の削減効果の測定と検証が難しい、技術や予算上の問題から実現できない、といったハードルもあります。 正確な測定と検証は業界全体で取り組むべき課題であり、国際的に信頼のおける機関によるガイドラインのさらなる整備や、関係者が協働しながら実験と検証を続けていくことが求められます。例えば、循環型の原料から製造され、航空輸送での導入が増加しているSAF(Sustainable Aviation Fuel/持続可能な航空燃料)に関しては、航空輸送におけるGHG排出量の評価についての原則や、SAF利用によるGHG削減効果を算定・認証するための基本的な事項をまとめたガイドラインが2024年に国土交通省より発行されました。政府や自治体がこうした取り組みを支援していくことも非常に重要です。

カーボンインセットの今後

気候変動対策が待ったなしの状況の中、企業がバリューチェーン全体を巻き込んで、ネットゼロの達成に向けた取り組みを強化する重要性が増しています。その手段の一つとして、企業は取引先と協働しカーボンインセットに取り組む必要があるため、カーボンインセットの導入事例は今後さらに増加すると考えられます。

カーボンインセットのさらなる推進には、社会の変容と個人の意識変革が欠かせません。近年の物流業界における動きとしては、再生可能エネルギーで動くトラック・船・飛行機による配送サービスなど、カーボンインセットを付加価値として提供する企業が増えつつあります。しかし、そういったサービスは高額であるため、市場における競争力はまだ低いのが現状です。今よりも環境価値が重視される社会に変わっていけば、このようなサービスの競争力が高まり、カーボンインセットの取り組みもより一層加速されることが期待できます。

また、従業員をはじめとしたステークホルダーの意識変革もです。一人ひとりがカーボンインセットの意義や必要性を理解することで、カーボンインセットを含むサービスや取り組みの企画、実現がより容易になります。カーボンインセットの推進に向けたアクションが、社内外でより一層求められています。

カーボンインセットへの取り組みを始めるなら、三井倉庫グループのSustainaLinkでまず算定を

2050年ネットゼロの実現に向けて、GHG排出量の削減に対する社会からの要請はますます高まっており、各企業によるカーボンインセットの取り組みも注目を集めています。SustainaLinkでは、物流におけるGHG排出量を可視化し、削減目標の設定や削減に向けた活動の実施をサポートいたします。カーボンインセットにつながる取り組みの第一歩として、GHG排出量の算定をご検討の際は、ぜひ三井倉庫グループへお問合せください。

【参考文献】
AllChiefs, Smart Freight Centre, Rotterdam School of Management, Erasmus University (2024)
“Net Zero Logistics Delivered Insights and Inspiration from leading organisations Autumn 2024”
https://allchiefs.nl/net-zero-logistics-delivered-insights-and-inspiration/

International Platform for Insetting(2022)
“A PRACTICAL GUIDE TO INSETTING 10 lessons learnt and 5 opportunities to scale from a decade of corporate insetting practice March 2022”
https://www.insettingplatform.com/wp-content/uploads/2022/03/IPI-Insetting-Guide.pdf

DP WORLD(2024年12月5日)
「APM Terminals and DP World launch Zero Emission Port Alliance at COP28」
https://www.dpworld.com/news/releases/apm-terminals-and-dp-world-launch-zero-emission-port-alliance-at-cop28/

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