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昭和52年 国際化編

「国際化が迫る中で、組織変革によって時代の波を乗り越える」

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<日本でのオリンピックと万博の開催> 

 2020年に開催される2回目の東京オリンピックは、日本で開催される久々の大規模な国際イベントとして注目を集めています。振り返れば、最初の東京オリンピックが開催されたのは1964(昭和39)年でした。このオリンピックは日本のみならず、アジア地域でも初めて開催されたオリンピックとなりました。続く1972(昭和47)年にも、やはりアジア地域初の冬季オリンピックである、札幌冬季オリンピックが開催されています。
 この時期に日本で開催された大規模な国際イベントはオリンピックだけでなく、1970(昭和45)年に開催された大阪万博(正式名称:日本万国博覧会)は、日本を含むアジア地域で開催された初めての万国博覧会でした。大阪万博には77か国・地域の参加があり、入場者数は6400万人以上と、2010年の上海万博に抜かれるまで、長きに渡り万博史上最大の入場者数を誇っていました。
 1945(昭和20)年に終戦を迎え、焼け野原から再出発した日本は、1954(昭和29)年から約19年間も続いた高度経済成長を経て、急速な経済成長を遂げました。1956(昭和31)年には日本もようやく国際連合に加盟するなど、日本も国際舞台に徐々に復帰するようになり、1960年代から1970年代にかけて数々の大規模な国際イベントが日本でも開催されました。

 

<国際化の時代の物流と流通> 

 1960年代から1970年代にかけて、日本は大規模な国際イベントを開催する一方で、国際貿易や国際流通の面での大きな変化にも直面していました。前回紹介した通り、シーランド(Sea-Land Service, Inc.)社が1966(昭和41)年にアメリカ大西洋岸-ヨーロッパ航路にコンテナ船を投入し、1968(昭和43)年にはアメリカ太平洋岸-日本航路にコンテナ船を投入するなど、物流業界はコンテナ輸送や国際複合輸送によって変革の時代を迎えていたのです。
 そうした状況に対応するため、三井倉庫の社内報『三井倉苑』の1974(昭和49)年の年頭の辞で、当時の竹内自益会長は、「最大の努力を傾注して取り組まん」とする事項の一つとして、「海外業者との提携による米国をはじめとする海外市場開拓の実効を挙げ、国際的規模をもった一貫流通業者としての体制を確立すること」を挙げています。

 

<三井倉庫の国際化と組織改革> 

 三井倉庫は戦前にも海外進出を果たしており、戦後の再出発後も国際関係業務に携わっていましたが、国際関係業務は業務部や海上業務部が適宜処理しており、専門の部署は存在しませんでした。そこで1974年5月に「国際部」が新設され、それまで海上業務部が所管していたロサンゼルス駐在員も国際部に移管され、10月にはニューヨークにも駐在員を派遣するなど、国際業務を拡大していきました。
 次いで1976(昭和51)年1月には、神戸支店の輸出課が「プラント輸出課」に改称されました。一般雑貨のコンテナ化やバラ貨物の専用施設利用などの貨物流通形態の変化により、在来貨物の中でプラント貨物の重要性が高まっていたことから、プラント部門への進出を制度化したのです。この動きは直ちに全社的な取り組みにつながり、同年6月には従来の国際関係業務を担う「業務課」とともに、プラント取扱業務推進のための「プラント課」が国際部に設置されました。


在来船へのプラント関連貨物の積み込みの様子

 翌1977(昭和52)年12月には、営業面の強化と効率化のために本店機構を再編成することになり、輸出課などを抱える従来の海上業務部が国際部へと改称され、プラント課を抱える従来の国際部はプラント部となりました。新たな国際部は在来輸出取扱業務を拡大し、関連会社を含めた取扱量は、1978(昭和53)年度には91万6,818トンから、1984(昭和59)年度には147万9,427トンと1.6倍以上に増加しています。

 コンテナ輸送や国際複合輸送によって、物流業界は大きな変化を余儀なくされました。こうした状況に直面する中で、三井倉庫はコンテナ輸送に対応する一方、在来輸出取扱業務を新たな国際部が担当し、プラント業務は新設のプラント部が担当する組織体制を築き上げました。国際化という時代の変化に迅速に対応し、組織を柔軟に変革させることができたからこそ、三井倉庫は新たな時代の波に乗ってさらなる成長を遂げることができたのです。1909(明治42)年の東神倉庫としての出発点から、100年以上の歴史を持つ三井倉庫が存続しているのは、企業文化を継承する一方で、常に時代の変化に対応してきたからであると言えます。


 

 横浜市立大学 准教授 山藤竜太郎

2016.1.29

 

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