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昭和17年 戦時中編

歴史コラム 昭和17年 社名変更編

昭和17年3月 社名を「三井倉庫株式会社」と改称


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<世界大恐慌によって、統制経済へと進んだ日本経済>



第二次世界大戦の終戦から2015年でちょうど70年、この戦争の悲劇を振り返る機会も多くなっています。日本が第二次世界大戦に向かう過程で、日本経済はどのような道を歩んできたのでしょうか。

第二次世界大戦の遠因とされているのが、1929(昭和4)年10月に発生した世界大恐慌です。アメリカの株式市場は1924(大正13)年から1929年までの5年間でダウ平均株価が5倍もの高騰を見せましたが、1929年10月24日から暴落が始まり、10月29日の一日で時価総額140億ドル(現在の貨幣価値で約100兆円)、その前後一週間で300億ドル(同、約200兆円)が失われる株式市場の大暴落が発生し、大不況の波が世界中を襲ったのです。

日本でも輸出商品の主力であった生糸のアメリカ向け輸出が激減するなど、世界大恐慌の影響を大きく受けました。このため、1931年に重要産業統制法が制定されて24種事業が指定され、1941(昭和16)年には重要産業団体令に基づいて12部門の統制会が設けられるなど、国家が国民経済に強く干渉する経済統制が進められました。

<現在も残る統制経済の影響>

野口悠紀雄氏が「1940年体制」と名付けたように、1940(昭和15)年頃に確立した経済統制の仕組みは戦時経済を支えただけでなく、一部は戦後にも脈々と引き継がれました。1940年の税制改正で導入された法人税や給与所得者に対する源泉徴収など、直接税中心の税体系もその一つです。

企業活動について言えば、かつては全国に中小規模の銀行が数多くあったのに対し、「一県一行主義」が推し進められた結果、1932(昭和7)年末に538行あった普通銀行は、1935(昭和10)年末に466行、1941年末に186行、1945(昭和20)年末には61行(都市銀行8、地方銀行53)と激減しました。現在の地方銀行トップの横浜銀行も、1941年に7行が合併して神奈川県唯一の銀行(一県一行)となった、横浜興信銀行が前身にあたります。

水産物の流通についても、水産統制令が1942(昭和17)年5月に公布されました。そこで同年12月に、日本水産から譲渡された冷蔵および販売部門を中心とする18社の出資によって、帝国水産統制が設立されました。終戦後の1945年11月に水産統制令は廃止され、同年12月に帝国水産統制は改組されて日本冷蔵(現在のニチレイ)になっています。そのため、横浜銀行もニチレイも、統制経済で生み出された枠組みが現在まで続いているとも言えるのです。

 

<三井の商号を掲げるために、社名を変更>

 

下関倉庫 「東神倉庫」の外装が残る写真       当時の新聞広告

 

三井倉庫ホールディングスの前身は、1909(明治42)年10月に三井銀行倉庫部が分離独立し、東神倉庫という社名で創立されました。三井倉庫と名乗ることを希望する声もあったものの、当時の三井財閥で三井の名を冠する企業は資本金5,000万円の三井本社と、資本金2,000万円の三井銀行、三井物産の3社だけでした。倉庫部門は資本金200万円と比較的小規模のため、上記の3社と並立することができず、三井倉庫ではなく拠点の置かれた東京と神戸にちなんで東神倉庫として出発しました。

その後は何度も三井倉庫への改称が発案されたものの実現せず、ようやく三井倉庫と名乗ることができたのは1942(昭和17)年3月のことでした。この背景には先に述べた統制経済という時代背景がありました。

倉庫業の業界団体として「同業者ノ共同利益ノ増進」を目的とする日本倉庫協会がありましたが、この日本倉庫協会を発展的に解消し、「倉庫業ノ統制」を目的とする日本倉庫業会が1941年6月に設立されました。その後、商工省(現在の経済産業省)は1943(昭和18)年5月の日本倉庫業会理事会において、倉庫業界の主要15社の統合を推進し、15社の総坪数約65万坪を三井倉庫、三菱倉庫、住友倉庫の3社に1社約20万坪ずつに集約化する方針を示しています。

こうした経済統制の進展に予め対応するためには、三井の商号を掲げた方が有利であるとの判断が、当時の三井財閥の統轄部門である三井総元方で働いたのでしょう。経済の自由が奪われ、国家による統制が経済だけでなく国全体を覆う時代を生き抜くためには、三菱倉庫、住友倉庫と並んで、日本経済を牽引する財閥の一員であることを軍や官庁に対して示すためにも、三井の名を冠する必要があったのです。

 

三井倉庫は2014(平成26)年10月に三井倉庫ホールディングスと社名を変更して持株会社制に移行し、三井倉庫、三井倉庫ビジネストラストを新設分割により設立するなど、新たな企業形態に生まれ変わりました。しかし、三井倉庫という社名は、もともとは統制経済という厳しい時代の中で生み出された名称だったのです。

 

横浜市立大学 准教授 山藤竜太郎

2015.8.11

 

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